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Posted by たまりば運営事務局 at

1人で着物を着ること(長谷川桜子)

こどもが、自分でやってみたいとおもう時期に、やらせそこなうと、やがては、やりたいともおもわなくなってしまいます。

そうかといって、はじめから、ぜんぜん手伝ってやらないと、もちろん、まだひとりでは着られるものではないのですから、しまいにはシャクにさわって、やる気がなくなってしまうことになりかねません。

なるべくこどもの気持をそこなわないように、じょうずに手伝ってやることです。

たとえば靴下を脱ぐにしても、まず半分ぬがせてやって、そのあとをこどもにさせるようにします。

好きな洋服を出してやると、それを着たい一心で、一生けんめいに着ようとするでしょう。

むつかしいところはあなたがやってやり、やさしいところをこどもにやらせるようにして、ひとりでうまく出来ないときは、代りにやってやるのではなく、そこだけ直してやって、あとまた一人でつづけさせるようにします。

たとえ、ちゃんと着られなくても、お母さんは自分の味方で、けっして怒ったりしないんだと安心させてやれば、ずっと協力してやろうとするでしょう。

ともかくこれは、忍耐のいることです。

片づけることこどもがまだ小さくて、遊んだあとの片づけを手伝ってやるときは、遊びのつづきのように、たのしそうにやってみせましょう。

長谷川桜子(地域子育て支援員)
  
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  • 2014年12月28日 Posted by 長谷川桜子 at 01:07Comments(0)長谷川桜子

    家の手伝いを、よろこんでするようにしむける(長谷川桜子)

    そういう子は、昼ごはんの後、しばらく横にさせるとか、少なくとも家の中で静かに遊ぶようにすることで、五、六才くらいまでは、その必要があります。

    学校によっては、六学年を通じて、休息の時間をとっているところ演ありますが、これは賢明な方法です。

    ただし、休みが必要かどうかは、こどもの体質や活動の程度によってきまります。

    1歳から1歳半くらいになると、自分で蕩をぬ4こうとしはじめます。

    たとえば、ソックスをぬこうとして、つま先を自分の方へひっぱったりしますが、カカトにひっかかってなかなかとれません。

    ふつう、ぬぐことは、2歳くらいまでにだいたい出来るようになります。

    それを過ぎると、こんどは着物を着ようと奮闘しますが、すぐに、どうしていいかわからなくなってしまいます。

    簡単なものでも、ちゃんと着られるようになるには一年はかかるし、ボタンをかけるとか、紐をむすぶといったことは、あと一年くらい(四才か五才)たたないとダメです。

    だから、1歳半から四才くらいまでの間は、扱い方によほどコツがいります。

    こどもにできることをさせなかったり、つい手を出して、怒らせてしまったりしがちです。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)
      
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  • 2014年12月24日 Posted by 長谷川桜子 at 02:04Comments(0)長谷川桜子

    昼寝をしなくなる(長谷川桜子)

    問題は、また別のところでお話するとして、ここではただ、ある程度大きくなってからは、こどもが寝たがらないからといって、そのままにしておいてはいけない、ということだけを、はっきりさせておくことにします。

    2歳くらいの子は、ふつう夜は十二時間寝なければいけないし、それと、昼寝を一、二時間する必要があります。

    2歳から六才くらいまでは、大きくなるにつれて、昼寝や、午後の休息(眠らなくても、横になるだけでもいい)の時間はみじかくなってもいいのですが、夜はやはり十二時間は寝なければなりません。

    六才から九才の間のこどもは、ふつう、夜の睡眠が一時間少なくなり、同時に昼間の休みも三十分はみじかくなります。

    それでも、朝七時に起きると、夜は八時にはベッドに入らなければならないのです。

    九才から十二歳ぐらいまでは、夜の睡眠がだいたい二時間みじかくなります。

    つまり、七時に起きると夜は九時就寝です。

    これが、およその目安です。

    しかし、こどもによっては、もっと寝かせなければならない子もあるし、もっと少なくていい子もあります。

    しかし、三才から四才くらいになると、昼寝をしなくなる子もふえてきます。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)  
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  • 2014年12月20日 Posted by 長谷川桜子 at 01:02Comments(0)長谷川桜子

    何時間くらいねかせたらいいか(長谷川桜子)

    たいていの子は、肌ざわりのよい縫いぐるみの動物や人形などを持って、寝床に入るのが好きなものです。

    赤ちゃんのうちは、ねむりたいだけ寝かせておいて、まず大丈夫です。しかし、2歳を過ぎたら、そうはいきません。

    このくらいになると、本来ならもっと眠らなくてはならないのに、いろいろな緊張から、寝ていられなくなることがあります。

    たとえば、さみしかったり、一人でいるのがこわかったり、暗いのが恐ろしかったり、こわい夢をみたり、おしっこをもらしはしないかと心配したり、昼間、なにかひどく興奮する出来事があって、その興奮がつづいていたりすると、目がさめてしまうのです。

    あるいは、お兄さんとはりあったことから、ひどく気がたかぶっているかもしれないし、妹へのやきもちでカッカとしているのかもしれません。

    いつも、寝る時間のことでお母さんといい争いをして、イライラした気持で床に入るので、なかなか寝つけないということもあるだろうし、学校の宿題や、さっきまで見ていたテレビのスリラーが気になって眠れない、ということもあるかもしれません。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)
      
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  • 2014年12月16日 Posted by 長谷川桜子 at 01:06Comments(0)長谷川桜子

    食事はゆっくりと楽しくする(長谷川桜子)

    科学は食べものを成分として理解するように教えます。

    アメリカではパッケージされた食品には栄養やカロリー、脂肪分の分析表を載せるのが慣例です。

    まして、肥り過ぎを心配しすぎる風潮もあって、栄養ドリンクひと口で栄養がとれて「毎日飲むのがお勧め」の錠剤の時代がやってきつつあります。

    こうした処方的な栄養「システム」は、スピード化されたライフスタイルには重宝しています。

    体に燃料を与えるのに立ち止まらなくてもいいし、フォークや皿を使わなくてもいいのですから。

    味覚を使う必要さえありません。

    でも、便利さと引き替えに失うものを考えてください。

    『ノリシング・ウィスダム(知恵に栄養を)』という本の中で、栄養専門家のマーク・デイヴィッドは「意識的な食事」というものを強く主張しています。

    「私たちは食べものに飢えるだけではありません」
    と彼はいいます。

    「食べるという体験ー味わいや噛み心地、感じ、舌ざわり、音、満足感に飢えるのです。

    そういう体験をずっとしないでいると、当然、何度食べても飢えは満たされないままになります」
    誰でも一日に数回は、ゆっくりと人間らしいペースを楽しむ機会があります。

    そういう機会を利用して、食事に一〇〇パーセント注意を向けましょう。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)  
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  • 2014年12月12日 Posted by 長谷川桜子 at 01:04Comments(0)長谷川桜子

    自然とのひとときを過ごす(長谷川桜子)

    公園を訪れる。

    ドライブは高速道路を走るのではなく、田舎道を選ぶ。

    浜辺や山道を歩く。

    自然保護区をまわる。

    一時間、木の下で静かに座っている。

    定刻過ぎやオフシーズンのゴルフコースを散歩する。

    テクノロジーは自然とのひとときを過ごす手段にはなります。

    ただし、どんなにすばらしい発明品も、自然がくれるほんのわずかな安らぎにすらかなわないことを頭に置いてください。

    自然はあなたの源。

    あなたも自然の一部なのです。

    今そこにある景色に目を留める
    一大計画を立てたり、わざわざどこかに出かけなくても、自然の効果に目を留めることはできます。

    今度、いつもの道を行くとき、その道や途中で見かける生きものに注意を向けてください。

    自然の美しさが景色の中にないときは、人を見ればいいのです。

    何とさまざまな人たちが、何とさまざまな個性を帯びていることでしょう。

    高速道路を走っていたあるとき、私はもどかしい夢によく出てくるような交通渋滞にぶつかってしまいました。

    ひどい事故が起こって道が封鎖され、そこから出るに出れなくなったのです。

    こうなったら解除になるまで待つしかありません。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)
      
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  • 2014年12月08日 Posted by 長谷川桜子 at 01:03Comments(0)長谷川桜子

    週に一回は自然と触れ合う(長谷川桜子)

    文字通り「機械のもとを去り」、自然の世界に向かうこともひとつの新鮮な、心の安定を回復する方法です。

    そのやり方ならいくらでもあります。

    でも、ぼんやりしているのではなく、いつもと違う目でよく観察しなければ、命のもととなる生きた自然と本当に触れ合うことはできないでしょう。

    どこに住んでいても、自然はあります。

    都会の容赦ないコンクリートの割れ目や裂け目を見れば、太陽と空気を求めて若芽が必死に伸びようとしています。

    小さな虫たちは屋根裏や納屋に忍び込んでいます。

    電線をかじってその一帯の電気を止めてしまうこともあります。

    鳥たちはポーチ灯や建設現場の足場や高層ビルの上に巣をつくります。

    能率のことしか頭にない私たちは、自然を「やっかいもの」扱いします。

    けれども大地に足をつけ、つま先で本物の土をほじくり、生活の中に自然をとり戻そうとするとき、そうした自然の侵入が私たちが忘れていたものを思い出させてくれます。

    それどころか、心の救いにさえなるのです。

    たびたび自然と会う約束をしてください。

    自然の小道を歩き、自然の不思議や謎に目を見張りましょう。

    自然の観察や自然との触れ合いに、一時間、午後の半日、一日、週末をつぎ込みましょう。

    長谷川桜子(地域子育て支援員)
      
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  • 2014年12月03日 Posted by 長谷川桜子 at 01:04Comments(0)長谷川桜子